「入社前に健康診断を受けてきて」と言われ、費用は自腹だった
よくある話です。しかし厚生労働省の通達では、雇入れ時の健康診断の費用は会社が負担すべきものとされています。会社に実施義務があるからです。
入社や契約のタイミングには、慣行として通っているのに実は法律に反していることがいくつもあります。この記事では代表的な5つを、条文と通達を示しながら整理します。
📖 この記事でわかること
- 入社・契約時によくある「実は違法」5つと、その条文
- 雇入れ時健康診断の費用は誰が払うのか
- 2024年4月に増えた労働条件の明示事項
- 違法とまでは言えない「グレー」との線引き
- おかしいと思ったときの相談先と、伝え方
✅ 先に結論|この5つはアウト
① 労働条件を書面で出さない
労働基準法15条。口頭だけは不可
② 雇入れ時健診を自費にさせる
安衛則43条。費用は会社負担が原則
③ 身元保証書に上限額がない
民法465条の2。定めがなければ無効
④「辞めたら研修費を返せ」
労基法16条。賠償予定は禁止
⑤ 給与から勝手に天引き
労基法24条。全額払いが原則
どれも「業界では普通」と言われがちですが、条文を見れば線ははっきりしています。入社前でも入社後でも、指摘して直してもらえます。
① 労働条件を書面で出さない

入社時に労働条件を書面で受け取っていない、口頭の説明だけ。これは法律違反です。
📖 労働基準法 第15条(労働条件の明示)
使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。(中略)明示された労働条件が事実と相違する場合においては、労働者は、即時に労働契約を解除することができる。
2024年4月から明示事項が増えた
全ての労働契約の締結時に、就業場所・業務の「変更の範囲」の明示が必要になりました。将来の配置転換で変わり得る範囲まで示す義務です。
有期契約ではさらに、更新上限の有無と内容、無期転換の申込機会、無期転換後の労働条件の明示も加わりました。
アウトな例
- 書面も電子データも渡されない
- 「就業規則を見て」で済ませる
- 変更の範囲が書かれていない(2024年4月以降)
こうしてもらう
- 労働条件通知書か雇用契約書を求める
- メールやPDFでの交付も可(希望した場合)
- 求人票の条件と違う点は、その場で確認する
条件が求人票と違っていた場合の扱いは、別記事で整理しています。

② 雇入れ時の健康診断を自費にさせる

「入社前に健診を受けて、結果を提出してください」と言われ、費用は自己負担。実際によくありますが、原則としてこれは会社が払うべきものです。
📖 労働安全衛生規則 第43条(雇入時の健康診断)
事業者は、常時使用する労働者を雇い入れるときは、当該労働者に対し、次の項目について医師による健康診断を行わなければならない。ただし、医師による健康診断を受けた後、三月を経過しない者を雇い入れる場合において、その者が当該健康診断の結果を証明する書面を提出したときは、当該健康診断の項目に相当する項目については、この限りでない。
費用は「当然に事業者が負担すべきもの」
厚生労働省の通達(昭和47年9月18日 基発第602号)は、法が事業者に実施義務を課している以上、健診費用は当然に事業者が負担すべきものとしています。
義務を負っているのは会社です。その義務を果たす費用を働く側に負わせるのは筋が通りません。
ただし「採用選考で自分が受けた健診」は別
応募者が自分の判断で受けた健診まで会社が払う、という話ではありません。線引きは会社の指示で受けたかどうかです。
「入社にあたって受けてきてください」と言われたのなら、それは雇入れ時健診に当たります。指示のメールや案内文は残しておいてください。
3か月以内の結果を出せば省略できる、を使われることがある
規則43条のただし書きにより、入社前3か月以内に受けた健診の結果を提出すれば、その項目は省略できます。会社がこれを前提に「自分で受けてきて」と求めることがあります。
省略の規定は会社の実施義務を軽くするもので、費用を働く側に移す根拠ではありません。指示で受けたのなら精算を求めて構いません。
自費で受けてしまったときの進め方
受診の指示が分かるもの(メール・案内文・面接での説明の記録)を確認する
領収書を用意して、人事か総務に精算を依頼する
断られたら、上の通達を示して再度求める
それでも応じない場合は、勤務先を管轄する労働基準監督署に相談する
📚 出典:労働安全衛生規則第43条(e-Gov法令検索)、厚生労働省通達 昭和47年9月18日 基発第602号(健康診断の費用は事業者負担とする旨)。確認日 2026年9月21日。
③ 身元保証書に上限額(極度額)が書かれていない

入社時に親や親族に署名してもらう身元保証書。2020年4月の民法改正で、書き方のルールが変わりました。
📖 民法 第465条の2(個人根保証契約の保証人の責任等)
個人根保証契約は、極度額を定めなければ、その効力を生じない。(極度額の定めは書面または電磁的記録によることが必要)
無効になる例
- 「一切の損害を賠償する」とだけ書かれている
- 金額の上限がどこにも書かれていない
- 口約束だけで書面がない
有効にするには
- 「極度額◯◯円」と具体的な金額を書面に明記
- 保証人が内容を理解して署名している
- 保証期間の定めも確認する(原則3年・最長5年)
署名を求められたら、まず上限額の記載を探す
上限額の記載がない身元保証書は、その契約自体が効力を生じません。とはいえ、後で争うより署名する前に指摘するほうが穏当です。
「極度額の記載がないと無効になるはずですが」と確認すれば、まともな会社なら書式を直します。
④「途中で辞めたら研修費を返せ」

入社時の誓約書に、研修費や資格取得費の返還義務が書かれていることがあります。労働基準法は、こうした取り決めを原則として禁止しています。
📖 労働基準法 第16条(賠償予定の禁止)
使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。
「◯年以内に辞めたら一律◯◯万円」はアウト
期間内に退職したら定額を払わせる形は、辞める自由を金銭で縛るものとして問題になります。金額をあらかじめ決めておく取り決めが禁止されているためです。
会社が負担した費用の扱いは、実際の支出をもとに個別に判断されるべきものです。
例外として認められる余地があるケース
業務命令ではなく本人が自由な意思で希望した研修や留学で、費用が会社からの貸付であることが明確な場合は、返還の合意が有効とされることがあります。
判断は、業務性の有無や本人の選択の自由度によって変わります。誓約書を書く前に、業務命令かどうかを確認してください。
⑤ 給与から勝手に天引きする

制服代、備品代、寮費、積立金。給与から一方的に引かれているなら、手続きを確認する必要があります。
📖 労働基準法 第24条(賃金の支払)
賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合、または労働者の過半数代表との書面による協定がある場合は、賃金の一部を控除して支払うことができる。
| 控除されるもの | 扱い |
|---|---|
| 所得税・住民税・社会保険料 | 法令に定めがあるので控除できる |
| 制服代・備品代・寮費・積立金など | 労使協定がなければ控除できない |
| 遅刻・欠勤による不就労分 | 働いていない時間分の賃金を支払わないのは控除とは別の話 |
| ミスや破損の弁償を一方的に差し引く | 本人の同意や協定がなければ問題になる |
まず給与明細の控除欄を見る
「控除」の欄に、税金と社会保険以外の項目が並んでいたら、その根拠を確認してください。労使協定があるかどうかは、就業規則とあわせて会社に聞けば分かります。
協定がないまま引かれているなら、返してもらえる可能性があります。
寮費や食費は「引いてよい」とは限らない
社宅や寮の費用、食事代も、給与から差し引くなら労使協定が必要です。本人が同意していても、協定がなければ控除の根拠になりません。
入寮の案内に「給与から控除します」と書かれていたら、協定の有無を確認してください。
給与の中身の読み方は、基本給の記事で整理しています。

ほかにも多い|試用期間の社会保険と、出させてはいけない書類

5つ以外にも、入社前後によく聞く「それ、おかしくない?」があります。代表的な2つを整理します。
「試用期間中は社会保険なし」は原則として通らない
健康保険や厚生年金は、加入の条件を満たして働く人なら、試用期間中でも入社日から加入するのが原則です。試用期間を理由に加入を先送りすることはできません。
2か月以内の短い雇用契約など、例外になる場合もあります。「試用期間だから」と言われたら、雇用契約の期間と働く時間を確認し、年金事務所に相談してください。
戸籍謄本や住民票の写しを出させるのは、配慮が求められる
厚生労働省は「公正な採用選考」として、応募や入社の書類で戸籍謄本・住民票の写しを求めること、本籍や家族の職業・収入、宗教、支持政党などを聞くことを、就職差別につながるおそれがあると示しています。
住所の確認が必要なら、住民票記載事項証明書などで足りるとされています。何に使うのかを聞いて構いません。
📚 出典:日本年金機構「適用事業所と被保険者」(試用期間中の取り扱い)、厚生労働省「公正な採用選考の基本」。確認日 2026年9月26日。
違法とまでは言えないもの|よくある誤解

逆に、「これも違法では?」と思われがちだけれど、そうとは限らないものもあります。
試用期間
- 試用期間を設けること自体は違法ではない
- ただし要件を満たせば社会保険には加入する
- 有給も、入社から6か月+出勤8割で発生する
研修中の賃金
- 業務命令による研修は労働時間にあたる
- 「研修中は無給」は原則として認められない
- 自由参加で不利益がないものは別扱い
配属・勤務地の変更
- 契約で限定していなければ、変更自体は可能
- 2024年4月からは「変更の範囲」の明示が必要
- 明示された範囲を超える異動は説明を求められる
📖 労働基準法 第39条(年次有給休暇)
使用者は、その雇入れの日から起算して六箇月間継続勤務し全労働日の八割以上出勤した労働者に対して、継続し、又は分割した十労働日の有給休暇を与えなければならない。
おかしいと思ったときの相談先

いきなり通報する必要はありません。段階を踏むほうが解決は早いです。
順番に進める
書面・メール・給与明細など、事実が分かるものを保存する
人事か総務に、条文を示して確認する(口頭より文面で)
社内で解決しなければ、労働基準監督署に相談する
解雇や待遇など民事のもめごとは、労働局の総合労働相談コーナーも使える
相談したことを理由に不利益な扱いをするのは禁止
労働基準法に違反する事実を監督署に申告したことを理由に、解雇その他の不利益な取扱いをすることは禁止されています(労働基準法104条2項)。
相談は無料で、匿名での情報提供もできます。
いまの会社そのものが危ないと感じるなら、判断材料はこちらにまとめています。

よくある質問

試用期間中は社会保険に入れないと言われました。違法ですか?
加入の条件を満たして働く人なら、試用期間中でも入社日から加入するのが原則です。2か月以内の短い雇用契約など例外もあるので、契約期間と働く時間を確認したうえで、年金事務所に相談してください。
入社前の健康診断の費用は、あとから請求できますか?
会社の指示で受けたのであれば請求できます。厚生労働省の通達(昭和47年9月18日 基発第602号)は、健診費用は事業者が負担すべきものとしています。
領収書と、受診を指示された記録を用意して、人事や総務に精算を求めてください。応じない場合は労働基準監督署に相談できます。
労働条件通知書をもらえないまま働き始めました。違法ですか?
労働基準法15条は、契約の締結に際して労働条件を明示することを義務づけています。書面等での明示が必要な事項もあり、何も渡されないのは問題です。
まず会社に交付を求めてください。示された条件が事実と違う場合、労働者は即時に契約を解除できるとも定められています。
身元保証書に金額が書いてありません。署名して大丈夫ですか?
2020年4月の民法改正で、個人が保証人になる根保証契約は、極度額(上限額)を書面で定めなければ効力を生じないとされています。
署名する前に、上限額の記載を確認してください。記載がないなら、会社に書式の修正を求めるのが穏当です。
「1年以内に辞めたら研修費を返す」という誓約書は有効ですか?
一律に金額を決めて返還させる形は、労働基準法16条が禁じる賠償予定にあたる可能性が高いです。
ただし、本人が自由な意思で希望した研修で、会社からの貸付であることが明確な場合は有効とされる余地があります。業務命令かどうかが分かれ目です。
給与から制服代が引かれています。これは違法ですか?
税金と社会保険料以外を控除するには、労使協定が必要です(労働基準法24条)。協定がないまま引かれているなら問題があります。
給与明細の控除欄を確認し、根拠を会社に尋ねてください。
まとめ

✅ まとめ:慣行でも、条文で線は引ける
- 労働条件の明示は義務。2024年4月から「変更の範囲」も必要(労基法15条)
- 雇入れ時健診の費用は会社負担が原則(安衛則43条・基発602号)
- 身元保証書は極度額の定めがなければ無効(民法465条の2)
- 「辞めたら◯◯万円」は賠償予定として禁止(労基法16条)
- 税・社会保険以外の天引きには労使協定が必要(労基法24条)
- 記録を残し、社内で確認 → 解決しなければ労働基準監督署へ
※この記事は一般的な情報提供であり、個別の法律相談ではありません。実際の判断は契約内容や事実関係によって変わります。困ったときは労働基準監督署、都道府県労働局の総合労働相談コーナー、または弁護士にご相談ください。
知らんかっただけで損してたこと、意外とあるんやな。









コメント